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バックパッカーの旅Ⅰ(東京~アテネ)

バックパッカーの旅Ⅰ(東京~アテネ)

一通目の手紙

   前略

早いものですね、もう十月だなんて!

ここ二週間程、便りが途絶えていたので、ちょっぴり気にかかっていました

が、さっき届いた絵葉書と封書を見てホッとしています。

やっぱり「案ずるより生むがやすし」って諺は、信じるに足りるものだった

ようですね。

生きて帰れる方が奇跡のようにしか、思えなかった私も、あなたののびのび

と元気に旅されている様子を伺うと、自分の心配が取り越し苦労だったみた

いで、呆気に取られたような・・・それで居て、安堵の気持でいっぱいで

す。

珍しい絵葉書やお便りを度々本当にありがとう。

でもインドに宛てた私の手紙が届いていないと知った時は、残念でなりませ

んでした。

九月の十日ぐらいに出して、十日ぐらいで着くと計算していたのですが、あ

なたのパキスタン入りが、予定より早かったのかしら・・・・それともあの

頃、丁度折り悪く、日本は台風の影響で、一週間も交通がマヒしてたので、

郵便も遅れてしまったのかも知れませんが。

でも、せっかくインドで便りを待っててもらったって言うのに、ほんとにご

めんなさいね。

それに、タイへ出した分まで着いていなかったりしたら・・・どうしよ 

う・・・?

とても気がかりですが・・・・でも今となっては、いたし方がないので、今

度は早めに、アテネに宛てて出すつもりで、ペンを取っています。

必ず元気でこの手紙を、受け取ってもらえることを信じながら・・・・。



ところで、東川君!

私、手紙と一緒に同封して下さった新聞の切抜きを見て、やっぱりあなたも

日本人だなあって思いました。

英字新聞の片隅にJAPANの文字を見つける度に、心をときめかせているじゃあ

りませんか?

日本も世界の新聞紙上に良いニュースでばかり載る様な国になって欲しいも

のですが・・・・・まだまだ?難しいでしょうね。

でも、砂漠の町でノミの大群に襲われた時には、きっと日本の畳や白い布団

が懐かしく思われたことでしょうね。

もう大丈夫ですか?

日本の秋は毎年きれいだなって私も思いますが、でも今年もやはり大きな台

風に見舞われ、集中豪雨のために、穴吹方面や、小豆島、その他各地で、百

人を越す死者が出ました。

うちの家の前の川の流れも、生まれてこの方、見たこともないような形をし

ているし、裏山あたりには亀裂みたいなものがあるということで、なんだか

心配です。

でも今さら引越しなんて・・・・と、皆諦めてて・・・・こうした諦めの良

さも、日本人特有の性格らしいのですが、大陸の人と比べてどうなんでしょ

うか?

ほんとうは、私にあなたのような行動力や体当たり的な勇気があれば、そう

した国民性の違いなんかを、自分の目で確かめられるのですが、でも勇気が

ないのか、それとも面倒くさがり屋なのか・・・・・ヨーロッパへ渡る方法

を、いっぱい教えてもらっているのに、どうしてもダメなのね・・・・とて

も実行できない。

もうこの点では、あなたに完全に圧倒されてしまったので・・・・・、大い

なる敬意をこめて、心から甲を脱ぎます。

だから私の分まで、いろいろ見聞を広めてきてくださいね。



でも私―(これは、インドへ出した手紙にも書いていたことなんですけど)

―あなたのそうした勇気を見習って、最近一つだけ勇気を出して、両親に自

分のわがままを通してもらったことがあります。

実は私、一年くらい後に結婚するつもりです。

こんなことを書くと、八月頃の私を知っているあなたには、私の心の変わり

ようの激しいのに、驚かされたかも知れません。

ほんとを言えば、私自身にもまだ戸惑っているような所があるのですか

ら・・・・(あなたは、そうやって世界を飛び回っている方がふさわしいし、

それが出来る人です。)。

ただこうやって書いていても、単身で外人の武装兵達のたむろするような、

そんな危険地帯を旅しているあなたの事を思うと、私などあまりに生ぬるい

状況の中で、自分だけの独りよがりの幸せに酔っているみたいで、ほんとう

は恥かしい気がするのです。



だけど、そうした中にも結婚を本気で考え出してから、やっとほんとうの意

味で現実の生活や社会を真正面から、直視する姿勢を持ち始めた自分を発見

したのも事実です。

子供の頃から、見たことのない異国の風習や文化に、ずっと憧れて来たはず

の自分がどうして、日本の地を離れようとせず、たった一人の人と、彼の身

の回りの細々とした、複雑な日常生活だけに、係らなければならない道の方

を選ぼうとするのか・・・・なんて、いくら考えても全然理由が見つからな

くて困ってしまうのだけれど・・・・でも、今の気持を大事に努力してゆき

たいのです。

相手は、全然(なんて言うと、彼には叱られてしまうでしょうが・・・。)も

ったいぶって話すような人じゃあないけど、もしかして彼の方が「好評され

ては困る」、なんて思ってるかも知れないので、名前を書きませんでした

が、でも親友のあなたなら、同級生で野球ばかりやっている設計士(なんて書

くと、あなたとそっくりなんですが・・・。)をしている人と言ったら、もう

分かってくれるんじゃあないのでしょうか。

長男でしかも、私とは全くと言っていいほど、正反対の性格で・・・・なん

て、数えたらきりのないほど、不安のタネはあるけれども、時々喧嘩したり

しながらも、助け合ってゆきたいと思っています。



スイスでお正月を迎え、美人いっぱいいるタイで、半年も暮らそうなんて、

夢見たいな計画をしているあなたに比べたら、私みたいな変な女の子に束縛

されて・・・・(いいえ、されかかって)いる彼が、なんとなく気の毒なよう

な気もして、なんだか複雑な気持です。

でもタイやヨーロッパの女性も良いけど、日本にはいっぱい可愛いORしっか

りした立派な女性もいることを忘れずにね。

              (中略)

国会の解散も来年くらいまで延びそうで、いろいろ言われつつも、三木首相

がまだまだ頑張っています。

あなたの好きな巨人軍も阪神と三ゲーム差で、首位に立っているのでご安心

を!

さて、後二週間もすればきっと、ブルーに澄み切った秋空の元で、あなたは

白いパルテノン神殿を踏みしめるのですね。

それまでにもう一度、お便りしますね。

目的地をもうすぐそこに控えたあなたに、最後まで神様のご加護があります

ように・・・・。

     元気で頑張ってくださいね。



                十月三日        一美


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